« 2008年11月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年1月29日 (木)

スモーキーベアの経文

不動明王

1億5000万年前、ジュラ紀のころ、果てしない宇宙の片すみで、大日如来は、そこに集まる万物万象に、優れた説法をしていた。立ったり歩いたり飛んだり座ったりしているものたちに…種子から生まれた130億もの草たちさえも、そこに集まっていた。それは、「地球の悟り」についての説法だった。

南無阿弥陀仏

 「後の世に、アメリカと呼ばれる大陸が現れるだろう。そこには、ピラミッド湖、ワォールデン池、レーニア山、ビッグサー、エヴァーグレーズなどと呼ばれる大いなる力の源が現れて、その力を伝えるコロンビア川、ミシシッピ川、グランドキャニオンという水脈、峡谷が現れるだろう。その時代の人類は、ありとあらゆる苦境に陥り、優れた聡明な仏性にもかかわらず、実際には、すべてを破壊するだろう。」

南無大師遍照金剛

 「大いなる山々の曲がりくねった地層、大いなる火山の脈動は、地球深くに燃える私の愛である。私の頑強なる慈悲は、片岩、玄武岩、花崗岩であり。やがて山となり、やがて雨を地上に降らす。」

南無阿弥陀仏

「後世、アメリカの時代、私は新たな姿でそこに入ってゆくだろう。絶望的な飢えをかかえて探し求める愛なき知識、いくら食べても満たされない思慮なき憤怒の世界を治療するために。」

 そして、彼は真実の姿を現した。

スモーキー・ザ・ベア
スモーキー・ザ・ベア
スモーキー・ザ・ベア

 ハンサムな、燻(いぶ)し色、茶色の熊。彼は、後ろ足で立ち、油断ない様子で立ち現れた、

 右手の「シャベル」は、表層の下に隠された真実を掘り起こし、無用な執着を根こそぎ切り落とし、貪欲と争いの火に濡れた砂を投げ込む。

 友情の徴(しる)である印契(ムードラ)を結ぶ彼の左手は、すべての生物が、与えられた領域で生きる権利を持つことを示し、鹿、うさぎ、シマリス、蛇、タンポポ、とかげのすべてが、仏の教え(ダルマ)に治められた世に生きることを示す。

 彼が身に着けているのは、奴隷、労働者の象徴である青いオーバーオールの作業着。それを着た数えきれない人々が、「救済する」などと言っては、実はただ破壊を繰り返す文明社会に虐げられてきた。

 頭にかぶっているのは、西部の広いつばのある帽子「ウェスタン・ハット」。荒野を守る力の象徴。この荒野こそ、仏の教え(ダルマ)に治められた本来のアメリカ、地球上の人間の真実の道。

すべての真実の道は、山々を通りゆけて行く。

 その背後には、煙と炎の光輪、末世の山火事だ。「物事を手に入れることも失うこともできる」と考える人々の愚行が引き起こした火災だ。実際には、「一心」に集められた青い空、緑の地球に、すべてが広大無限に包有されているというのに。

 彼の思いやりに満ちた性格を示す丸いお腹は、偉大なる地球が、地球を愛し、信じるすべてのものに、充分な食べ物を与えることを示している。

 不経済な高速道路、必要のない郊外を踏みつけ、資本主義と全体主義の虫けらどもを握りつぶす。

 そして信者に課題を示す。車、家、缶詰、大学、靴からから解放され、自己の身体、言葉、心という三つの神秘を修得し、この「アメリカ」という国の腐った木々を思い切って切り倒し、病気になった枝葉を剪定し、切り取ったそれらの屑(くず)を燃やすという課題を。

 激怒することなく静かに、厳格ではなくひょうきんに、スモーキーベアは、彼を助ける人々を照らし出す。しかし、彼の邪魔をしたり、悪口を言う人々に対して、

彼は、怒るぞ
彼は、怒るぞ
彼は、怒るぞ
彼は、怒るぞ
彼は、怒るぞ

 したがって、彼の大いなる真言は、このように。

 「ナマ・サマンタ・ヴァジュラナム・チャンドラ・マハロシャナ・スファタヤ・フム・トゥラカ・ハム・マン」
 「私は、あまねく金剛に帰依します。憤怒なる金剛よ。破壊せよ。」

 そして彼は、森や川を愛するものたちを守るだろう。神々、動物、浮浪者、気違い、囚人、病人、音楽家、陽気な女たち、そして希望あふれる子どもたちを。

 そして、もし誰が、宣伝広告、空気汚染、テレビ、警察に脅かされたら、彼らは、スモーキーベアの戦いの呪文を唱えるといい。

この野郎、溺れて死んじゃえ
この野郎、ぺしゃんこにしちまえ
この野郎、溺れて死んじゃえ
この野郎、ぺしゃんこにしちまえ
×(くりかえし)3回


 そうすればスモーキー・ベアは
 そうすればスモーキー・ベアは
 そうすればスモーキー・ベアは
 必ず「金剛シャベル」を持って、敵を追い出すために現れる。

南無大師遍照金剛

 さて、この経文を朗唱し、日々それを行う人々は、アリゾナ、ネバダの砂漠の砂粒ほど無数の数えきれない功徳を積むだろう。

 水面に浮く油の流出から地球を救う手助けをするだろう。
 人類と自然の調和の時代に入って行くだろう。
 男、女、野獣たちの優しい愛と抱擁を勝ち取るだろう。
 いつも、食べるための熟れたブラックベリーがあり、松の木の下には、座るのに適した日当りのよい場所があるだろう。

 そして最後に、彼らは、至高の完全なる悟りを得るだろう。

このようして私たちは集まっていた。

テキスト:ゲーリー・スナイダー
訳:桜井真樹子

「紫燈護摩(さいとうごま)」と「スモーキー・ザベア・スートラ(ピーター・ガーランド作曲 世界初演)」
月日:2月1日(日)
時間:15:00〜16:00紫燈護摩
   17:00より「スモーキー・ザ・ベア・スートラ」
場所:大徳寺本堂1階 (川口市道合1221)http://www.daitokuji.or.jp/
出演者:桜井真樹子、藤木友美(声明)、井川仁水、斉藤説成(法螺貝)、神田佳子(テンプル・ベル)、加藤亜依(チューブラ・ベル)、篠田浩美(バス・ドラム、ウッド・テンプル・ブロック)、亀井博子(バス・マリンバ)
紫燈護摩:円蔵院流修験道の会
料金:「紫燈護摩お札祈祷料・ごま木」と「スモーキー・ザ・ベア・スートラ」 5,500円
   「スモーキー・ザ・ベア・スートラ」のみ 当日2,000円 前売り1,800円
その他:「スモーキー・_ザ・ベア・スートラ」のみの方も紫燈護摩見学できます。
    紫燈護摩「火渡り」も、一般参加出来ます。
    車でご来場の方は、問い合わせ先(大徳寺)までご連絡下さい。 
問い合わせ先:jitie@alo.com 048-283-9310 (大徳寺)
主催・企画:スモーキー・ザ・ベア・スートラの会

「柴燈護摩」は、今回のガザ侵攻によって亡くなられたすべての人々の慰霊のために行われます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月25日 (日)

スモーキー・ザ・ベア・スートラ

 1994年、この年ACC(アジア文化交流基金)の奨学金を得て渡米したのは私、そして来日したのは、ピーター・ガーランドだった。
  私が渡米する1週間前にガーランドは来日した。彼は当時、ニューメキシコに住んでいた。「アメリカに行ったらどこに行って、何をするんだ?」「アリゾナに行き、ナバホ自治国でナバホ語を学び、ナバホの音楽を聴こうと思っている。」「いつナバホへ?」「7月から」すると彼はおもむろに紙とペンを出し、「7月1日○○で、○○の祭り」「7月2日○○で○○の祭り」と、サウス・ウエストに住む、それぞれのネイティブ・アメリカンの「部族の祭りと行事」を克明に書き出した。つまり、彼は、ニューメキシコに20年近く住んでいる間に、ありとあらゆるネイティブ・アメリカンの芸能を見て来たわけだ。
 彼は、私をこのように讃えた「アメリカ、と言うと人々は、現代音楽だ、コンピューター音楽だとニューヨーク、サンフランシスコへと赴き、誰ひとり、ネイティブ・アメリカンの音楽を聴こうとはしない。あなたは、私が会った初めてのネイティブ・アメリカンの文化、音楽に興味を持ったアジア人だ」
 それは、彼にとって、ことのほか、奇妙なことであっただろう。私たち日本人は、あらゆる面で、ネイティブ・アメリカンとつながった神話を持つ、「古い兄弟」であるのに、そのことに誰一人振り向こうとしなかったのだから。 
 彼は、アメリカにおいても、意識的に都会に住むことに抵抗してきたアーティストだ。
「なぜ、アーティストが都会に住むのか?それは、作品を作る目的が、「都会で成功すること!」であり、音楽を愛する行為ではないからだ。」
「『成功するための音楽?』を作曲することほど、志の低い芸術活動があるだろうか?」
「どこに住むか?それがどのような作曲をするのか?ということだ」
「マジョリティーのための音楽を作りたければ、都会に住むがいい。もしマイノリティーの音楽を表現したければ、マイノリティーの場所に住まなければならない。」
 彼の目指す、芸術的姿勢は、まさしくポール・ボウルズ(1910〜1999)だった。
彼は、来日しても東京を嫌い、すぐさま北へと向かった、佐渡島から、再び本州の日本海側を西に下り、最後に京都、そして奈良にたどり着いた。彼がちょうど奈良に着いた時、そこでは東大寺のお水取りが行われていた。ガーランドは、そこで吹かれる「法螺貝」に、いたく感銘を受けたようだ。「いつか法螺貝の曲が書きたい」彼の日本からのはがきにそう書いてあった。
 それから、15年経った。幸いにもガーランドとの交流は続けられ、彼は「アメリカの声明」を作曲した。それが「スモーキー・ザ・ベア・スートラ」だ。
 法螺貝→熊、祈り→声明。そして経典は、自然派と呼ばれ、ビートニック時代の詩人、ゲーリー・スナイダーの「スモーキー・ザ・ベア・スートラ」によった。彼は、アメリカに蔓延する「仏教」の代表的イメージである「禅」から「密教」へとスライドさせることにより、アメリカ大陸のアニミズムをロッキー山脈の「熊」に託した。
 彼の作曲のスタイルは、一般には「ポスト・ミニマリズム」と言われる。しかし、その中に、アメリカのサウス・ウェスト(西南)の荒涼とした砂漠、しかし、人影のようにおどけて見せるサボテン、遠くから聴こえるコヨーテは、決して私たちから遠い存在ではない。峡谷に日が暮れるのを眺めながら、そこに空いた住居穴からフルートを吹くアナサジの人々で出てくるかもしれない。そんな音が風となって、私の顔をかすめて吹いてくる。それこそ、彼のライフ・スタイルが音となって現れる。彼は作曲家として、彼の思想を音として表現することに、人生をかけて成功した人だ。

「紫燈護摩(さいとうごま)」と「スモーキー・ザベア・スートラ(ピーター・ガーランド作曲 世界初演)」
月日:2月1日(日)
時間:15:00〜16:00紫燈護摩
   17:00より「スモーキー・ザ・ベア・スートラ」
場所:大徳寺本堂1階 (川口市道合1221)http://www.daitokuji.or.jp/
出演者:桜井真樹子、藤木友美(声明)、井川仁水、斉藤説成(法螺貝)、神田佳子(テンプル・ベル)、加藤亜依(チューブラ・ベル)、篠田浩美(バス・ドラム、ウッド・テンプル・ブロック)、亀井博子(バス・マリンバ)
紫燈護摩:円蔵院流修験道の会
料金:「紫燈護摩お札祈祷料・ごま木」と「スモーキー・ザ・ベア・スートラ」 5,500円
   「スモーキー・ザ・ベア・スートラ」のみ 当日2,000円 前売り1,800円
その他:「スモーキー・_ザ・ベア・スートラ」のみの方も紫燈護摩見学できます。
    紫燈護摩「火渡り」も、一般参加出来ます。
    車でご来場の方は、問い合わせ先(大徳寺)までご連絡下さい。 
問い合わせ先:jitie@alo.com 048-283-9310 (大徳寺)
主催・企画:スモーキー・ザ・ベア・スートラの会

「柴燈護摩」は、今回のガザ侵攻によって亡くなられたすべての人々の慰霊のために行われます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月14日 (水)

マフムード・ダーウィッシュの詩 2

永遠なるツァブレ※1

どこへ
ぼくを連れて行くの
お父さん?
風に向かって
息子よ…

…彼らは平地からやってくる
ナポレオンの軍隊は、土地を見渡し軍を据え
古いアコー※2の城壁は、そこに影を映し出した
父は言う、息子よ、恐れるな
弾丸が風を切る音を恐れるな!埃をつけたまま
助かるだろう!まだ助かる
北の山を登れば
私たちは戻ってくる
軍人たちが遠く、彼らの家へ帰る時に

誰が
ぼくたちのあとにこの家に住むの
お父さん?
前あったように
元に戻されるんだよ
息子よ!

家の鍵を指で触れる
自分の肢体のように指で触れると
心が落ち着く
そして鍵に言う
「彼らはいばらの垣根を横断する」。
思い出すぞ、息子よ!
ここに、ツァブレのいばらの上に
二晩、イギリス人たちは、
おまえの父親を
十字架に磔にしたことを、
彼は一度も告白したことはない、
今でも成長している息子には。
そして、彼はイギリス人の銃と
拳銃にまつわる血の物語を
相続させてを話だろう…

なぜ
馬だけを置き去りにするの
お父さん?
家が、仲間といっしょいるために、
息子よ、
ごらん
家々は住人を失って死んで行く…

夜の隊列は、遠くに、
門は、永遠に開(あ)いている。
荒野のコヨーテは、
月を恐れて遠吠えをする。
父は、息子に言う。
お前のおじいさんは強かった!
最後の樫の木の丘に私とよじ登った
思い出すぞ、息子よ。
ここに、ヤニーチャリーが戦争で
雌らばから落ちて死んだのを、
しっかりと、足場を強く掴(つか)んでいろ、
いつか家に戻るために

いつ
お父さん?
明日、もしかするとあと二日後に
息子よ!

明日だった、
長い冬の夜の日々、
背中の風をよく噛まないで考えていた。
ヨシュア・ビンヌンの軍勢が
家々の石の要塞から立ち上がった。
彼らは、
カナンへの道を、息を切らせて歩いた。
ここに
主とともにあった日々の過去がある。
水からワインが作られ
明日、それがここに
多くの愛の上に。
思い出すぞ、息子よ
明日、
十字軍の要塞を思い出す
彼らがニサン※3の月の牧草を噛み終えて、
渡り鳥の軍勢が、渡ってくるのを…

※1 「ツァブレ」砂漠に生息するサボテンの実をさす。刺に覆われていて取りにくくその刺に刺さると痛い。イスラエル、パレスチナ両人ともが自身の性格を自称して使う「外は刺々しく、攻撃的だが、中(心)は、甘く、魅力的だ」。
※2 「アコー」イスラエル北部の都市、1799年ナポレオンのエジプトからの攻撃に対して、オスマントルコの軍がアコーに城壁を築いた。
※3 「ニサン」ユダヤ暦で、西暦の 7月ごろにあたる

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月10日 (土)

マンハッタン翁

  「マンハッタン翁」は、2007年1月に初演をして以来、改訂を重ねつつ、毎年1月の元旦に再演しています。
 毎年、今回も共演して頂く地謡のエマート氏に連れられて、正月に観る最初の演目は「翁」でした。翁は、能各流は、錚々たる演者によって開かれます。最初に観たのは、喜多六平太、その次が友枝昭世、そのときは、三番叟が野村萬斎でした。歌舞伎の式三番も観ました。
 そのうちに芸能の翁を見るようになりました。ビデオで奈良豆津比古神社の「翁舞」は、子どものころに見たかすかな記憶が甦るようで、それを確認しようと奈良に赴くようになり、春日大社の翁、吉野南国栖にある浄見原神社の翁と、奈良に残る翁を見るようになりました。
 その翁の舞われる空気の中で、「老いたる人」の智慧が見えてくるように思いました。老人の表情、皺、しぐさ、その姿には、語らずとも語るもの、それは威厳というものでしょうか?さらには、その個人の歴史ではなく、その人の住む土地、人々すべての古今の物語をも語り出す。「その人」がその土地の文化であり、歴史である。その姿が美しいことに、その土地の人々は、彼に敬意を払い、誇りに思うのでしょう。
 私が、1994年、2000年とニューヨークに長期で留学、滞在することができ、その時に、「どうしてマンハッタンの高齢者は、人々の敬意を払われていないのだろう?」と、これは正直に思ったところです。
 おそらく、私はここ数年、日本の「翁」のことと、マンハッタンの老人について、同時並行で考え続けて来たのだろうと、今、振り返ることができます。
 その中で、2005年、日系2世のユザワ・ジョージ氏を紹介され、インタビューをさせて頂くことができました。ここにマンハッタンの翁に出会いました。当然、彼は、日系人がたどった歴史そのものを歩んで来た人であり、それに立ち向かった人です。戦後、食料不足の日本に、率先して何度も食料輸送をし、アメリカ社会における日本人の差別撤廃に多大な貢献をした人として日系社会で尊敬されています。ユザワ氏を知らなかった私は、つまり、日系の社会、そしてその歴史、文化を知らなかったということです。
 日本の「翁」には、日本の古い、そして、「知られざる歴史」が秘められています。それを「秘めた」のは、能を作り出した役者をはじめ、その地域の芸能者でしょう。日本の「翁」はあまりにも神聖であり、神秘です。
 その日本の「翁」の持つ力と、私が知った、マンハッタンの翁たち。ニューヨークのアフリカ系のおかあさんのところにホームステイして知り合ったおじいさん、ネイティブ・アメリカンのホピ、ナバホおじいさん、サウス・ウェストに住むおじいさん、私の知る限りの体験と知識で、新たに創造した作品、つたないものに違いないのですが、それが「マンハッタン翁」です。

 マンハッタン「翁」
 元旦 マンハッタンに三人の翁が舞い降りる
日時:2009年1月12日(月・祝) 18:30開演 19:00開場
場所:LE DECO 1(1階)
東京都渋谷区渋谷3-16-3 ルデコビル
 http://home.att.ne.jp/gamma/ledeco/map.html
前売 2,700円 当日3,000円 (学生各千円引き)
予約・問合せ:onbasarasatanba@yahoo.co.jp 080-3094-0951 [座OKINA]
出演:
 シテ(翁):桜井真樹子(声明、白拍子)
 ワキ(花の精):佐久間二郎(観世流)
 地謡:リチャード・エマート(喜多流)
 小鼓:今井尋也(能楽囃子)
 能管・龍笛:滝沢成実(一噌流)
 声明:藤木友美(声明)
 声明:手塚直子(声明)

舞台監督・美術:村信保
     能面:北澤秀太
     照明:西村聡子
     衣装:永瀬ふみ江

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ガザより

東エルサレム在住、NGOパレスチナ子どものキャンペーンの川越東弥(かわごえやよい)さんより、ガザの現状の報告と日本のみなさまへのご理解と御協力のお願いが来ました。ご賛同できる方は、以下に掲載します報告を是非、一読頂き、御協力、支援をお願いしいます。

NGOパレスチナ子どものキャンペーンのホームページで情報発信をしています。
お時間あるときに覗いてみてください:
http://ccp-ngo.jp/

******************************************************

パレスチナ子どものキャンペーンです。

「ガザの声をあなたが伝えてくれることで、多くの人の命が助かるかもしれない」とガザからモハンマドさんは言っています。

ぜひ、モハンマドさんの声を多くの人に伝えてください。イスラエル軍が占領しているジャバリアにいた彼とは、その後連絡が取れていないので、現在の安否は不明です。

エルサレムにいるパレスチナ子どものキャンペーン川越駐在員よりの報告です。
===============================

ついに恐れていた地上戦が始まりました。

攻撃が始まった4日の夜10時過ぎに携帯電話にメールが届きました。

「電力や電話線が破壊されたため、携帯電話がいつまで使えるかわからなくなりました。携帯電話は私たちが外の世界とつながっている唯一の通信手段です。

電気も水も物資も完全に閉ざされた、寒い冬のガザでは、かろうじて自分の家や地元にいる人でさえ、孤立化することになります。

イスラエル軍の戦車が攻撃し、家や建物を壊し始め、何一つ残らなかったらどうしたらよいのでしょう。

負傷者がいても、どうやって救急車や助けを呼ぶことができるでしょう。

家族や友人、知人が亡くなっても、どうやって知らせたらよいでしょうか。どうやって知ることができるでしょうか。

現在唯一の通信手段である電話が使えなくなったら…。
そのような最悪のシナリオを考え続けて、頭が痛くなります。

今の自分にできることは少ないですが、この私の声を届けることで、あなたが行動し、攻撃に異を唱え、ガザの人々を助けられるかもしれません。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このメールを送ってくれたのは、ガザに住むモハンマドさんという青年です。
日本のジャーナリストの通訳をしていたので昨年知り合ったのです。
急いで彼の携帯に電話しました。

モハンマドさんは次のように話してくれました。

「いま私は、ガザ北部ジャバリアにある赤新月社の病院にいます。

私の家は、ハン・ユニス中心部から更に離れた場所に位置する村にありますが、いてもたってもいられず、病院にきてボランティアをしています。

元々NGOなどのボランティアをしていたので、こういう事態にこそ何かしたいと思い、駆けつけました。

(電話の向こうからゴーっという重苦しい音が聞こえる)

地上戦が始まって、北部は更にひどい状況になっています。
今も空ではイスラエル空軍が活動していて、いつ空から攻撃されるかわからない状態です。

今まで生きてきた中で、何度も辛いことがありましたが、今が一番ひどい状況です。

今のところ家族はみな無事ですが、電話が使えなくなったらどうやって安否を確認できるかわかりません。

ガザの外にいる人に、少しでも現地の声を届けられればと思いメールを送りました。電話をくれて、ありがとう。

次に会うときは、平和なガザで会いましょう。」

※パレスチナ子どものキャンペーンの川越駐在員は、いまエルサレムにいて、国連や各国のNGO関係者と、ガザに物資を入れるための協議や努力を続けています。

==============================================

ぜひ、皆様もできることでご協力ください。

こんなことがすぐにできます。

1.このメールを知っている人に転送する。
参加しているメーリングリストに送る。

2.停戦を求めるピースパレード(1月10日)に参加する。
http://ccpnews.blog57.fc2.com/blog-entry-11.html

3.封鎖解除の署名をする。
http://www.shomei.tv/project-433.html

4.緊急募金をする。
http://ccp-ngo.jp/bokin.html

5.ボランティアをする。
ccp@bd.mbn.or.jp にご連絡ください。
ピースパレード当日のボランティアも受け付けています。

6.その他なんでも

==============================================
★新着情報のお知らせ

ガザ現地からの市民の声は、当会のホームページで逐次ご紹介しています。

掲載 「ガザ攻撃の背景と今後」 ウリ・アブネリ

イスラエル平和運動の長老であるウリ・アブネリさんの分析の翻訳を載せています。現在起きていることの歴史的な意味を理解することができますので、長文ですがじっくりとお読みください。以下はその抜粋です。

「バラク(現国防相)とリブニ(外相)の二人は、昔ながらのトリックに頼ろうとしている。世論調査によると、今回のガザ侵攻48時間以内に、バラクの率いる労働党の支持率はクネセット(イスラエル国会)の議席5つ分増えたと言う。

1議席あたりパレスチナ人の死体80人分に相当するというわけだ。だが、積まれた死体の山の上を歩くのはやさしいことではない。もしイスラエル国民がこの戦争を失敗だと考えたら、彼の成功は、瞬時にして霧散消失してしまう程度のものだ。例えば、ハマスのロケットが相変わらず、Beershebaの町に着弾するとか、地上侵攻がイスラエル軍側の重い人的損失を招くなどのことが起きれば。」

**************************************************
特定非営利活動法人 パレスチナ子どものキャンペーン
Campaign for the Children of Palestine(CCP)
〒171-0031 東京都豊島区目白3-4-5 アビタメジロ603
Tel:03-3953-1393 Fax:03-3953-1394
Email: ccp@bd.mbn.or.jp
HP: http://ccp-ngo.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年4月 »