ジャッファ(Jaffa)の小学校
ジャッファ(Jaffa)の小学校
テル・アビブの南、ジャッファは、イスラエルの独立以前から、あるアラブ人の街。独立戦争のころは、ジャッファのアラブ人とテル・アビブのイスラエル人との射撃線があり、独立直後、ジャッファはイスラエルの占領下に入った。その後、テル・アビブ市に合併された。
今では、イスラエル側になるジャッファとテル・アビブを分けていた境界線には、大きなモスクがある。独立戦争前は、このモスクがアラブ人たちのジャッファの中心地だった。
このモスクからジャッファの方に入っていくと、オスマン・トルコ時代に建てられた時計台、そして、「アラビアのロレンス」と呼ばれたトーマンス・エドワード・ロレンスが、投獄された牢獄もある。その先には、イスラエル人相手のレストラン、お菓子屋さん、骨董市場など、観光地にもなっている。
その「観光地」のさらに奥(南)に、市民は住んでいる。素朴な家は、アラブ人、その中に新築の豪勢な住宅が現れるが、それはイスラエル人。建設中のものも多くある。その中を進んで行くと、ビル・ナバラ(Bir Nabbala)小学校が見える。
ここで、毎週月曜日にボランティアで、合気道を教えているイスラエル人、アミール・フォーゲルマン(Amir Fogelman)がいる。彼のバイクの後部座席に乗り、それを手伝いに行った。
午前中、2クラスを教える。最初のクラスは、10歳以下の子どもたち。「座りなさい」「並びなさい」こういうことに何分もかかる。合気道は、最初と最後に「正面に向かって」礼をする。正座をし、そして、「お辞儀」をするわけだが、彼らにとってのこの動作は、アッラーの神への礼拝以外の何ものでもない。ついつい子どもたちは「アッラー・アフバル」と口をついて出てくる。「黙って礼!」と、指導者のアミールは、日本の道場に倣(ならお)うと、黙って礼が出来るまで、何度もやり直す。
最初と最後の礼以外は、とにかく楽しく。みんな積極的に「次、ぼく!」と手を挙げて、技を習おうとする。
10月6日、今日は、初めて女の子が参加した。私の横を離れない。
イスラムでは、13歳ごろを境に、男女は別々に勉強も生活も行われる。
合気道をもちろん女性でもできる。
「最後にみんな正座したところを写真に撮ろう!」と言うと、いつもの3倍の速さでみんな正座した。
このボランンティアは、生徒がたった一人になっても一年は続けるとアミールは語ってくれた。
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