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2008年8月24日 (日)

ヨナ・ヴァラフの詩 2

<トゥフィリーン>

* トゥフィリーンTefillinとは、宗教的なユダヤ人が祈りを捧げる時に、皮の紐を手に巻き、四角くて小さな帽子のような形をしたものを頭に付けるものです。
http://www.aish.com/pathways/externallinks/videolink_tefillin.asp


私のところに来て
私は何もしないから
あなたが私にして
すべて私のためにして
すべて私の始めることだけを
私の代わりにして
私はトゥフィリ−ンを置く
そして祈る
私のためにトゥフィリーンを置きなさい
それを私の手に巻いて
私とそれで遊びなさい
それを私の身体の上で、優しく動かして
上手にそれでこすりなさい。

私の身体中を刺激して
私を失神させて
それを私のクリトリスへ動かして
早く終わるために
それと遊びなさい
私の手足を縛り
私に何でもしなさい
たとえ、私がしてほしくないことでも。
私のお腹に巻きなさい
そして、トゥフィリーンを私の口にくつわとしてはめ
私は馬になって私の上にまたがりなさい
私の頭を後ろに引っ張りなさい
痛くて金切り声を上げるまで
そして、あなたは拷問をかける

その後で、私はそれをあなたの身体の上で動かす
私は心の内にあるものを顔に隠さない。
ああ、私の顔には、どれほどの残酷さが現れているのだろう
それをあなたの身体の上で少しずつ動かす
少しずつ、少しずつ、少しずつ
一方では、それを首の周りに移し、それを首の周りに二重に回し、
もうひとつをどこか固定したところに、
特に、もしかしてとても重いものにまわして
それを結び
引っ張る、そして引っ張る
あなたの首を絞めるまで
トゥフィリーンの結末。
長いひもの祭壇は長く続けられる
ショックを受けている大衆の中で

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2008年8月11日 (月)

Mahmoud Darwishの死

 8月10日(日)、イスラエルの現地時間の21:00のニュースで、昨日9日(土)パレスチナを代表する詩人、Mahmoud Darwish http://en.wikipedia.org/wiki/Mahmoud_Darwish
がテキサスで逝去、と言っていたように思います。亡骸は、パレスチナに戻り、パレスチナの首都ラマッラ、あるいは生まれ故郷のガリラヤに埋葬の予定、と聞いたように思います。
 パレスチナでは、11日(月)から毎朝3日間、彼を偲んでサイレンが鳴り、かれの冥福を祈ることになった、と言っていたように思います。
 
 「壁の絵」の中から、Mohamad Chamzaによって、2006年、ヘブライ語に訳されたもの。

 「死」、
 私がスーツケースに詰め終わるまで待っていてくれ、
 歯ブラシ、石けん、
 ひげそり道具、アフターシェイブ、服。
 むこう側の天気は、どんなふうだろう?
 果てしなく続く白は、変わりやすいのか、
 それとも、「秋のような冬」の
 変わらない気候なのか?
 本は、一冊で充分、
 むこうではそんなに時間がない、それとも、
 図書館全部の本が必要?どんなふうにしゃべるのだろう?
 みんなで話していた言葉、それとも文字に書かれるような
 純粋なアラビア語?
 

أَيُّها الموت انتظر ! حتى أُعِدَّ
حقيبتي : فرشاةَ أسناني ، وصابوني
وماكنة الحلاقةِ ، والكولونيا ، والثيابَ .
هل المناخُ هُنَاكَ مُعْتَدِلٌ ؟ وهل
تتبدَّلُ الأحوالُ في الأبدية البيضاء ،
أم تبقى كما هِي في الخريف وفي
الشتاء ؟ وهل كتابٌ واحدٌ يكفي
لِتَسْلِيَتي مع اللاَّ وقتِ ، أمْ أَحتاجُ
مكتبةً ؟ وما لُغَةُ الحديث هناك ،
دارجةٌ لكُلِّ الناس أَم عربيّةٌ
فُصْحى/

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2008年8月 4日 (月)

ヨナ・ヴァラフの詩

<オナニー>

「オトコじゃない男」=「ミスター・ノーマン」とあなたは寝た。
彼のうつろなまなざしを愛している。
身体のない「カラダ」を抱く。

「恋人の眼」は他所(よそ)を見つめている。
ちゃんとあなたの内(うち)を見ない。
彼は若いのにそういう「苦々しい」=「オトナ」

あなたの肉体を通り抜けていった愛は
あなた肢体(からだ)と生命(いのち)に、
髪の毛の先から臓器の中まで、
熱くみなぎっている。

愛は「ミスター・ノーマン」をそこに引き止める。
彼は、「手のない手」であなたの身体を愛撫する。
感じないし、気持ちを表さないあなた。
情熱もなく愛撫するところ全部に、
そう反応しているのよ。

「若い恋人」にこの詩を見せたら
彼は怒って「最低だよ!」
「こんなの詩じゃない」と言う。
そして背を向ける。
たぶん彼は「おれはヒトじゃない」と思ったかも。

「おれはヒトじゃない」?
彼は詩を理解できないし、
あまりにもたくさんの「感じる気持ち」を求めすぎる、何時間も。
でも愛は5分でじゅうぶん。
一日中、ずっと熱くいられるためには。

「ノーマン」は、あなたの気持ちを冷たくする。
あなたの身体を冷凍する。
冷気はあなたの器官を通り抜ける。
頰(ほほ)を凍らせて、神経質に震(ふる)えを起こさせる。
頰先(ほほさき)から逆の眼に痙攣(けいれん)を走らせる。
あなたの「感じる気持ち」に、花開くことを失わせ、
食道、首のいろんな部分、背中に「苦痛の味」を送る。

あなたは「愛の時間」を「恋人」に説明する。
5分は、何時間とも同じ。
たとえ5分でも、できるときは、全部の時間を使って。
そのためのいろんなかたちの時間がある。
ほら、朝、仕事の前に3時間愛し合うことはできないでしょ、
その時間はちょっと暖めれば、それでじゅうぶん。
彼は、「わかったから」とやってみるけど、彼を失望させる。
彼には、「速すぎる時間」は素敵じゃない。
彼は、何か「たっぷりと」欲しい。
でも彼は頭がいい。彼ならできるかもしれない。
彼の短い人生、もしかしたら、こんな機会は戻ってこないかも。
考えをいくつか変えてみて、状況に合わせるべき。
けれども、彼は「自分だけ」、それから、「あなたといる」と。
そして再び、軽い朝に夜の強さを求める。

あなたは「ノーマン」に冷たい視線を送る。
そして夜、もう一度会うことを約束する、
もちろん彼は戻ってくる、彼は精神的に死んで。
彼は最も冷たい視線を向ける。
そして、あなたのそばに立って、
私たちの感じている空気を手でつかんで、
完全に空っぽにしてしまおうと待っている。

「恋人」のまなざしについて学んだこと。
くすんだ暗い瞳は、ふたつのぶどう粒。
そんなやわらかいまなざしを送れる。
今は、ぶどうの味の記憶のように、恐ろしく、まなざす
そして、それ以上には、何も見えず、神経質に。
「感じる気持ち」と「愛」のやわらかさ
「苗木」を植えることは、こんなにも危険。

彼は気が狂う、あなたは問いかける、彼は負けるだろう。
彼の顔に現れる、駆け抜けてゆく風、
その足跡を熟知してあなたは解き明かす。
あなたは、伸びをして、歓びと愉(たの)しみの声を出す。
あなたは、あなた自身の愛で、彼をあなたの中へ向ける。
彼を出してアクセサリーのようにじっと見る。
彼は、古い詩から外に出て、
彼は、彼らの英雄のひとりになる。
それは、彼の美しさでもあり、
彼は、あるすばらしい名まえの、
社会の子宮の恐怖に襲われ、滅びてゆく型(タイプ)。
彼は、怪物以上になってそこから生まれ、
新しく生まれ変わり、あなたを愛するだろう。
毎朝、できるかぎり、どこでもしなければならないように。

あなたの内に持っている売春の気質に、彼は慣れてゆき、
道理にかなった他のことは見つけられないだろう。
家庭的な尊敬に値する理解の、すべてに礼儀正しく、
「何」が「どんなふうにへ」と、「いつ」と「どこ」を分類するようには。
彼の愛は、前よりかは、「死のかたち」を着るのを少なくして、
あなたは、さらに「ミスター・ノーマン」に身体(からだ)を委ねる。

ほんのちょっと難しいとき、
気持ちよさ、悦びを求めて、いろいろと自分をやさしく愛撫するあなたの指を
彼は、凍らせるだろう。

でも、詩はただのテクニック。
人生の中で習得される。
「英雄」は、どんな詩でも
第三人称、第一人称、第二人称の形として生きるだろう。
特に、「彼」は、自分を三人称で生きている印象。
彼は自分のことを、「彼」と言って話す
「あなたが疲れているのは、彼のせい」。
「彼」と「彼のsex」を区別して話す。
彼は自分のことは「彼」、これらは「彼の感情」ではないと話す。
他人の普通のsex、それは誰かほかの人、
彼は「彼」に嫉妬し、その「彼」を怖れるだろう。
あなたは、彼のお母さん、あなたは彼を教育する。
あなたは彼の自信、彼自身の信じていることを戻してあげる。
私たちは、「ミスター・ノーマン」に会い、
「他の彼」を「他の人々」として学ぶ。
たとえ、彼がどんな性格で生きていても
あなたは、分離している彼のsexと彼自身とつながっている。
それは、私が気持ちを感じること、それは、それを肌で感じること、
私の身体、私の魂、私自身、そして、私の肉体自身。
彼は文化的になるだろう。オペラや感情を愛するだろう。
彼は、「男の性」についてよりかんたんに、一般化するだろう。
なぜなら、愛の実は、彼の短い日々。
この詩の実より短いもの。

ヨナ・ヴァラフについて
http://www.ithl.org.il/author_info.asp?id=280

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