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2007年8月25日 (土)

かぐや姫ノート 2

「かぐや姫」に出てくる神女は、大和の王の遠征を知り、無血革命を決意し、宮津の海に入水自殺をします。
 女神について。丹「波」道主王(たんばのみちのぬしのおう)には五人の娘がいました。五人とも垂仁天皇(第十代)の愛人となったということですが、五番目の娘は、返されました。その娘の名まえが「竹野比売(たけのひめ)」でした。国に返される道、そのことを恥じて、水に身投げをした、と言われています。ここから「竹野比売」は「水の神女」の始めの女性(ひと)と、されたと言われています。中国では、舜の皇帝が亡くなったあと、二人の妃があとを追って入水自殺をし、女神となった、ありますが、入水や水に身投げをして自殺をする女性は「女神」とされるのです。

 さて、この求婚者の中で、私は最も「かぐや姫」を愛した男のことを見つけました。それは、最初に立候補した「伊根の首長」です。
  丹後の人々は、真名井の神女たちが、宮津湾に入水自殺した事件を、心に留めようと、3,6kmの砂の道を人工的に造り、巫女の一人一人を女松として、植えていきます。天橋立の伝説では、この砂の道を作るのに、千年かかったとか。なぜ、それほどの月日をかけてでも完成させようとしたのでしょうか?
 伊根の首長は、この事件の後、浜辺で、子どもたちにいじめられている亀をみたとき、神女のことを思い出したのかもしれません。…彼はその夜、その亀は、実は入水自殺をした「かぐや姫」だったことを語ります。彼は、久々に出会えた「かぐや姫」と共にいる夢が、一生覚めないようにと願い、徐福の「不死の薬」を飲み、夢の中で永遠の命を得ようとします。しかし、その薬も切れて、目が覚める時が来ました。そのとき「かぐや姫」は、「我らが宮津の海に、身を沈めていった姿を、天に掛ける橋として、松の道に留めてくれるなら、伊根に人々の繁栄を約束しよう」と彼に告げます。伊根の首長は、目が覚めると自らは、すっかり老人となり、「かぐや姫」との約束を人々に伝え、ほどなく命の火を消していきました。…もし、彼がそんな人生を送ったならば、その時間の長さが、「かぐや姫」を思う最も多くの時間を過ごした男だといえるのではないか?と思ったのです。以前に書いたように、伊根には最古の浦嶋伝説が残っています。もちろん、それは、私が述べたものとは違いますが。
 
  もうひとつ、あらためて「かぐや」という名について、考えてみました。「かく」とは「掛く」とも解釈できます。これは上代(奈良時代)語で、「つなぐ」とか「掛ける」という意味です。つまり、入水自殺をした神女たちを、天橋立の「股のぞき」のように、天へ登っていく姿として、この砂の道を作ったのであれば、神女たちの魂が、天にかかりますように、かかりますように、と丹後の人々の祈りのことばが、姫の名になったと、この劇の最後で歌います。

 この作品の最後に、万葉集の第3245番とその反歌(かえしうた)3246番を歌います。

 3245番
  天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てるをち水 い取り来て 君に奉り手て をち得てしかも
  (天に上るはしごも もっと長ければ、天に上る高山も もっと高ければ、そうであれば、そこに上り、月の神が持っている「若返りの水」、その水を取って来て、君に差し上げれば、少しは若返るであろうに)
 3246番
  天(あめ)なるや 月日のごとく 我(あ)が思へる 君が日に異(け)に 老ゆらく惜しも
  (天上で、輝いている月や日のようだと思っていた君が、日ましに変わり果てた姿となって、老いてゆかれるのは、何とも惜しい)
  
 上代では、ある一定の老いに達したとき、たとえば現代の感覚ならば「還暦」と言った区切りの年齢を迎えた老人である当時者が、まず老いを嘆く、そして周りの人々がそれを惜しむ、という歌を歌う習慣があったのではないか、と言われています。あるいは、それが転じて、老いの確認を「笑う」ことで、老いに付く邪気を、吹き飛ばそうとしたのではないか、とも言われています。

 ここでは、「天橋立伝説のうた」を、真名井の神女たちが、翁が老いることを笑い、それを歌にして、自らの命を海に沈めていったという光景にしました。

あらすじ
 丹後の国造りの御子が産まれるにあたって、それを取り上げて、産盥で洗う「御子の神女」を翁が探す。翁は、真名井の神山の中で、ひとりの女の子を光る竹の中に見つける。
 女の子は巫(こうなぎ)となり、御子をとりあげたが、御子が巫(こうなぎ)と婚する12歳を目の前にして亡くなる。
 巫(こうなぎ)の神託(神のお告げ)を沙庭(通訳)する男、そしてこの斎宮を守る武士(もののふ)を失って、翁は、巫(こうなぎ)に、御子の代わりとなる男を見つけろと言う。それを知った3人の男たちが、巫(こうなぎ)を訪ね、自らの誇りとする宝を貢ぎ物として携えて求婚に来る。しかし、巫(こうなぎ)は、決して斎宮の門を開けようとはしなかった。

 そこで、最後に奈良の都から大和の王が来ると、翁は言う。翁は、この王は大国を治める者だから、巫(こうなぎ)は、王の愛人になり、斎宮を神女から王の庇護下に置いて、丹後を治めるしかない、と言う。
 巫(こうなぎ)は、斎宮は、ここに滅びたと思った。巫(こうなぎ)の心は、今だに御子にある。それ以外の男に、自らが託された神の声を沙庭をすることはできない。御子以外の男と婚することは、婚することによる征服にしかない。征服され、男の妾になるならば、我ら巫(こうなぎ)たちは、地上の斎宮を捨て、海に斎宮を造り、そこを「龍宮」と名付ける、と無血革命を決断する。
 そして、巫(こうなぎ)たちは、常世の国を目指し、ひとりひとりと海に沈んでゆくのだった。

創作能「かぐや姫」 プンダリーカ・ライブ val.11
出演:桜井真樹子(シテ・ワキ・龍笛・原作・脚本)、今井尋也(小鼓)、佐久間二郎(地謡)
    面制作(北澤秀太)、照明(浅川環)、衣装(永瀬ふみ江)
日時:2007年8月25日(土)
    二回公演 ①14:30開場 15:00開演、②18:30開場 19:00開演
場所:経王寺本堂 東京都新宿区原町1-14  http://www.kyoouji.gr.jp
料金:前売り2,000円 当日2,500円
お申し込み・お問い合わせ:03-3341-13148(経王寺)
主催:経王寺プンダリーカ・ライブ実行委員会
協力:特定非営利活動法人 アーユス仏教交際協力ネットワーク
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