2012年5月23日 (水)

オイリュトミー夜話 ウガリット神話篇 2012

 ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)によって、全世界に知れ渡った「シュタイナー教育」、その中の「オイリュトミー」。
 彼はドイツ人なので、A(アー)、B(ベー)、C(ツェー)というアルファベットをひとつひとつ身体表現に置き換えて、文字を身体表現化した。
 ドイツ語、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、つまりアルファベット語の文化圏ならばよし。しかし、その理論を日本に広めたとき、何と日本のオイリュトミストは、日本語をわざわざローマ字に置き換えて、それで、「オイリュトミー」を持ち込んだ。何と言う安易な!
 ここからが、アーティストの再評価だ。「そんなアホなこと、はやく止めてください」と2009年に「いろはにほへと…」を「以呂波耳本反止…」の漢字からすべて、象形文字に置き換えてその象形文字の「絵の物語」を踊ってみせた。
 全く反応、評価なし。それは、いつものことだ。
 
 さて、2007年にイスラエルに行ったとき、イスラエルのオイリュトミストに会った。「ヘブライ語のオイリュトミーはどうしているの?」すると、彼女は、「一度アルファベットに置き換えて、それでオイリュトミーにしている。」
 あー、ここにもアホがいた。いつか、アラビア語、ヘブライ語、ペルシャ語、つまり「セム・ハム語族」と言われている人たちにも、自国の言語のオリジン(起源)に振り返ってほしいと思った。
 しかし、誰も手をつけん。私がイスラエルの書道家(calligrapher)に「パレスチアナ文献」からもう一度、シュメール語の象形文字まで戻ってみよう、と投げかけたのに「私には全く理解できない」と返答が来て…なんで、日本人の私が、紀元前900年のアラム語の「パレスチアナ文献」のから、紀元前1600年前のシナイ語と、紀元前1400年前のウガリット語に翻訳しなければならないのか?なおかつ、それを今のイスラエル人とアラブ人にわかるように、ヘブライ語とアラビア語に、この私が翻訳までしてしまった。
 私の「武勇伝」といえば、2年間、アラビア語学校の試験をいつも60点の及第点で合格し続けたことなのに!
 とにかく翻訳した。
 「アシュタル、カモシュに捧げものを、
  すると魔法をかけられた。
  カモシュの庭で、
  私は何かに取り憑かれ、
  すべての罪を嘆き悲しみ、
  あらわな娘と私は言い争った。」
 アシュタルは、豊穣・繁殖の女神。日本でいえば豊受大神みたいな女神?
 カモシュは、モアブ人(アブラハムの甥のロトが長女と寝て生まれた子どもの子孫)のモアブ王朝の神。
 これはウガリット神話からの文学と思われます。
 しかし、古文は一つの言葉からいろんな解釈ができる。いろいろな単語の解釈があるので、以上の翻訳は一番都合のいいことばを組み合わせただけだ。
 ここまで訳して、イスラエル人は「ヘブライ語になっても私には、わからない」
 ふざけるな~!!!!
 誰か、この方面の言語学者のひと、助けて下さい! 「PG1.JPG」をダウンロード

Pg1


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月17日 (木)

影〜Shadow〜

 「昔、おばあちゃんが仏壇の前でお経を上げていた」という人も少なからずいるというのが今の日本のようです。
 天台宗、真言宗のおうち、あるいはお寺で、朝のお勤めで唱える「総礼伽陀(そうらいかだ)」というのがあります。
 天台声明なら、本気で唱えると15分以上かかります。従って4行あるうちの1行目と4行目を唱えることが多い。それでも、5分以上。
 1行目
 「我此道場如帝珠(がしどうじょうにょたいじゅ)」
 <この道場は、帝釈天の宮殿を覆った網糸の、結び目にちりばめた宝玉のごとく>
 4行目
 「頭面摂足帰命礼(じめんせっそくきみょうらい)」
 <私の頭を仏さまの足に付けて、帰依し礼拝致します。>

 しかし、2行目と3行目がとても美しい。
 2行目
「十方三宝影現中(じっぽうさんぼうようげんちゅう)」
 <仏(ほとけ)・法(ほとけのおしえ)・僧(仏の弟子)は、あらゆる方向(東西南北上下界)に、宝玉の光のように、お互いに光を発し、影を映しあっています。>
 3行目
 「我身影現三宝前(がしんようげんさんぼうぜん)」
 <私の身体は、その仏(ほとけ)・法(ほとけのおしえ)・僧(仏の弟子)の現れた影の前に置き>

 つまり、自分にとって神聖な三つの光が、お互いの影を映し、その存在を自分の前に出現させた、ということ。
 光が影をうつすことによって、人はその存在を知る。光は反射して視覚に色を認識させる、現世とは、そういうもので、その中で人は「生きている」と認識する。

 もうひとつ、桃源郷(とうげんきょう)で有名な陶淵明(とうえんめい)の「形影神(けいえいしん)」、ある一人の人間の形(身体)と影(心)と神(精神)の会話より。

 「形」が「影」に問いかける。
 「…人には、必ず死が訪れる。さればわが影よ、わたしの言い分を汲み取って、酒が手に入るときにはけっして辞退などしてくれるな。」
 
 「影」が「形」に答える。
 「…君と出会って以来、われわれは悲しみも喜びもすべて一緒に味わった。なにしろ日陰に憩うときはしばらく離れているかに見えても、日なたに出ればずっと離れることはないのだからね。…しかし善行は後世に余恵を及ぼすという…なるほど、酒を飲めば悩みは消えさるだろうが、このような努力に比べて拙劣ではないだろうか。」

 「神」が言う。
 「…諸君とは、異なるけれども、生まれながらに依存し合い、善きにつけ悪しきにつけ運命を共にしてきたのだった。であるから諸君の話をきけば、こちらも何か言わずにおられようか。」
 「形の言うように酔うて毎日を過ごせば憂いを忘れることもできようが、しかし酒そのものは生命をちぢめるやつではなかろうか。」
 「影のいうように善行はまことに喜ばしいことだが、死後だれがこれを称えてくれるのだろうか。あれこれ思いつめるのは、かえって自分の生命をそこなうことになる。いずれも適当に運にまかせたほうがよい。」
 「人生の大きな変化に身をまかせてただよい、喜ばず恐れず、この生命が尽きるものなら尽きるのでよい。いまさらくよくよ思い悩むのはよしにしよう。」

 なんとも、心地よいことばではないか…。

 影〜Shodow〜
 日時:2012年5月19日(土) 19:00 open 19:30 start
 場所:楽道庵 千代田区神田司町2-16 TEL:03-3261-8015
 出演:桜井真樹子(声明)、Pearl Alexander (コントラバス)、白石雪妃(書)
 charge:2,000円(当日2,300円)
予約:パール・アレキサンダー pearlalana@gmail.com 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月14日 (月)

The day of Nakba

I have many good Israeli friends.
But when I watched the video, I was disappointed the people’s behavior.
There are many way of thinking or their life.
You behave not only from your education and the order, that I hope. The people of this country too much follow the policy.
Fell the mind of other people. That is next the policy of your country.
http://d.hatena.ne.jp/video/youtube/cxyB6T3h18M

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月 7日 (火)

アラブの笑い話

 ライオンとおおかみときつねが、狩りをして、ロバとかもしかとうさぎをしとめました。
 ライオン「どうやって三人で分けようか?」
 おおかみ「じゃぁ、ロバはライオンさんに、かもしかは私に、うさぎはきつねさんに」
 ライオン「なに?それは気に食わん!」
 と言って、ライオンはおおかみをなぐって殺しました。残ったのは、ライオンときつね。
 ライオン「さて、どうやって二人で分けようか?」
 きつね「ロバは朝ご飯に、かもしかは昼ご飯に、うさぎは夜ご飯に」
 ライオン「ははははっ、きみはかしこいなぁ。誰にそれを教えてもらった?」
 きつね「おおかみさんに」
で、で、で……これのどこがおもしろい???!!!!
 アラブのお笑いは、ちっともおもしろくない。というか、これは、おもしろい、おもしろくない以前に、何が言いたいのかもわからない…いつもこんな感じだ。
 つまり、
 ライオンはロバ、おおかみはかもしか、きつねはうさぎという風に獲物を分けるというのは、動物の弱肉強食、植物連鎖の「掟(おきて)」として妥当に分けている。
 次に朝ご飯はロバ、昼ご飯はかもしか、夜ご飯はうさぎ。これは同じ食物を三度の食事時の「掟」に従って、平等に分けて食べる。
 だから、おおかみは、「掟」に従って分けているじゃないか?と言いたいのだ。
 それも、同じ食物を平等に分けてたべる方が、より平等で、イスラーム的、まるで賢い人間のようだ。この動物たちは、食べ物を人間のように分けることになって、おもしろいね、というわけ……。
 え〜、おもしろい〜?でも、わたしたちのアラビア語の先生の、大のお気に入りの笑い話で、このお話でお芝居の発表会をしました。わたし、おおかみ役。
 「ユダヤ人のジョーク集」は読んでおもしろい。ネイティブ・アメリカンのホピ族の人のジョークもいるだけで一緒に笑える。しかし、アラブ人のジョークは本当に理解に苦しむ。
 さすがに、「日本に初めて来たとき、日本でもアザーン(礼拝の呼びかけ)が聞こえてびっくり!そのアザーンはどんどん僕の方に近づいてきたかと思ったら、その朗唱者は焼きいもを売っていた」これには笑えたが…。
 しかし本来の「イスラームの精神」を踏まえた「ほほえましい話」に共感するには…引き続き(来年度も!)アラビア語の学校に通う必要がありそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年10月24日 (月)

「瑛九」と「サム・フランシス」

 日曜日に「農業能」という仕事が入っていたが、雨天中止となり、すっぽりと時間が空いた。
 そこで、「瑛九展」と「フィリップス・コレクション」、がんばって行ってきました。
 
 瑛九展、よかったです。
 最初は、なんと見栄えのしない油絵を書いている人だろう、まー、エッチングの方がマシか、ぐらいに思っていました。
 ところがフォト・デッサンという手法になると、いきなり、すごかった。
 すごい、人が変わることことなんてあるんだと思ったのは、この間のティム・バートンのとき以来二人目。それも1ヶ月以内に。
 宿ったんです。それ以降の水玉油絵なんて、水玉ファンには見逃せない絶品の水玉でしたね。なんとかやよいなんて、比でもない。
 本当にすばらしい作品をいつまでもひとりで見てられるほど、その美術館には誰もいなかった。
 
 その後、がんばって、新国立美術館の「フォリップス・コレクション」に。
 それこそ、ロサンゼルスで、「ゲッティ・ミュージアム」という、見るも無惨と言うか、最悪のコレクション+(プラス)ゴッホのアイリスを巨万の富で競り落とした、学芸員はいないのか?と思うような、下品な並べ方をしたミュージアムに行ってきたばかりだったので、今の政治もさることながら、アメリカを本当に軽蔑しようと思っていた矢先に、きちんとしたアメリカのコレクションを見て、極端な思考に走らずにすみました。
 たいへんまともでした。
 しかし知識もなく、見ていて「サム・フランシス」という人の「ブルー」という絵をみて、大変元気をもらったような気がして、この人はどんな人なのだろうとウィキると、あっ、出た、「こういう絵は井上有一の影響を受けたんだ」という(さる知り合いの文化人の…汗)声が聞こえてきそうな、ジャンルの人だったんですね。
 それはその通りです。ただ「ブルー」の作品群は、サム・フランシスが病気で、かつ評価が得られなかったときだったそうで、でもその絵が元気をくれる。
 たぶん、そうです。大家になると、安定感が出て来てしまって、全くスリリングじゃなくなり、「気」っていうもので書かなくなるんですよね。
 大家は大家になる前の作品がいい。
 櫓(ろ)を打ってはらわた凍る夜(ゆ)や涙
 これは、芭蕉が俳句を完成させる以前の句。「奥の細道」のよりよっぽどいい。
(このオリジナルも「さる知り合いの文化人」の家にあった、なんだか今回呪縛されている…汗)
 つまり、作品には何というか「気」、あるいは「何か宿った」けれども、その人間が大成していないスリリングな時代、これが、やみくもに「今」を生きている人間には、共感できる、ステキだと思える。そう、一生大成しないと、一生スリリングですよ。
 ちなみに、ゲッティ・ミュージアムも石油王のコレクションによるもの。サム・フランシスをコレクションしてサポートしたのも出光石油の出光氏。生かすも殺すも石油王次第、つまり金次第というのも現代の産物。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月24日 (土)

ロサンゼルスの休日

 仕事が終わったとたんに、車からバスに乗る生活に。明らかに今までの人々とは違う人たちが乗っては降りてゆく。気づいたのは、「戦前の日本人?」かそれよりも背の低い人たちにたくさん出会った。たぶんメキシコから来た人たちのようだ。本当に150センチもない。乗り換えて乗り換えて目的地にたどり着く。車なら20分のところを2時間もかけなければならない。ついつい乗り過ごしてしまうと「しょうがない、次で降りろ」と運転手に言われる。何台かのバスが止まっているところについて「ダウンタウンに行くのはこのバス?」と聞くと、「そうだ、どこ行くんだ?リトル・トーキョー?よし、面倒みてやる」ということで、このラスタファリの髪の毛の体格よく、太った運転手に連れて行かれる。お金を払おうとすると「金はいらない、払わなくていい」。私から1ドル50セントを取ろうとはしなかった。
 ぐるーんと回送して始発駅から人々が再び乗ってくる。車いすの老人が乗って来た。「そこを退いて」。扉からスロープが降りて、さらにバスの優先席はあっという間に、車いす専用のスペースに。車椅子の老人は自分で、前輪の右側をバスの備え付きのベルトにくっつけて車いすを固定する。
 彼は、アフリカ系アメリカの老人、車いすには、水、洗剤、衣服、生活用品、食料など、種類別にビニール袋に分類されて、車いすの箇所箇所にくくり付けられている。つまりホームレスの人のようだ。
 「いやー、どう?元気?今日はどんな感じ?今日は、まあまあ大変だけど、うまくやったほうだと思うよ。ほら、あんた早く座らないと、けがするよ」など、なんやかんやとしゃべりまくっている。それに、人々は、「あー、ありがとう」「よかったねぇ、今日はうまくいって」「まぁ、いつもとかわらずに仕事も終わったよ」などと、まわりの乗客は、彼と楽しくしゃべっている。孤独なホームレスの老人がひとりごとのように、しゃべりかけてくるのをみんなが受け答えしている。その暖かい空気がバスの車内に溢れ出したとき、私は涙が止まらなくなってしまった。その人々が次々に降りて、私とその老人になると、彼はしっかり口を閉じてしまった。つまり、私には英語が通じないということが彼にはわかっているようだ。
 バスを降りて目的地へ。今日は、「バイシクル・ピープル」という人たちに会った。ロサンゼルスでは、車がないと生きてゆけない。車で20分のところをバスなら2時間かかるのだから。それでも、車の持てない人々が集まって、「自転車生活」を送っている人々が集まるバーがある。リトルトーキョーからそんなに遠くない。ニューヨークの「ブルックリン橋」を作った鉄鋼会社が経営しているドイツビールのバー。そこで、自転車を安価で買う情報、自転車修理のボランティアを探したり、ツーリング計画をしたり。アメリカの車社会の変革など、社会問題に目覚めている人々が集まって来る。「バイシクル・キッチン」というNPOがある。車を持てない自転車生活の人々の支援活動をしている。
 あっという間に、自分の階層の人々のもとへ戻ってくるわたし。築150年のビール工場で、やっと、ほっとできる人々に囲まれて、うまいドイツビールを飲む。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月16日 (金)

イリノイ州アーバン

  イリノイ大学。どこから見ても自然あふれるアメリカの田舎。ここで仕事をして、「あー、アメリカでもいじめってあるんだ」と思ったのが正直な感情。無差別銃殺事件が起きる理由は、人類として同じです。
 虐待児童の学会で法医学関係者の発表で「アングロ・サクソンの虐待を見れば、日本人の虐待なんて『お茶漬けさらさらですわ』」という、学会とは思えぬコメントが、何年経っても忘れられない。そういうことかと思った。
 日本の私の家にはテレビがない。しかし、ここにはテレビがある。アメリカの番組で救急医療関係、法医学関係のテレビ・ドラマがやたらと多いと思った。
 アメリカでは医療保険制度改正が「オバマ」によって進められている(特にアメリカ南部)。要するに日本の医療保険に見習う制度だ。「金持ちだけが、お医者さんにかかれるというのは、おかしいじゃないか?」という考え方。
 テレビ・ドラマのストーリは、アメリカで医学部を卒業して、人命救助の仕事をしたい、と思えば、救急医療、法医学の道を目指す、というヒーロー物語だ。これは、メディア操作?でもオバマの支持率は、現在過去最低ですよね。

 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月15日 (木)

こけし浄瑠璃「はなこのおむこさん」本公演!

津波にのまれてなくなった「はなこ」と、国の政治の腐敗と闘って亡くなった「ムハンマド」は、あの世(冥界)で出会い、結婚(ムカサリ)しました、という「こけし」の人形劇。
 8月31日(水)、この試演会が終わった夜、みた夢…澄み切った透明な海の水。こんなきれいな浜辺はみたことがない、と思っていると亀が…。あっ、もう一匹浜辺に泳いできました。
 ハワイでは、亀は「神のお使い」と言いますが、あぁ、ほんとうなんだなぁ、と思っていると、波間からぞくぞくと人間がやってきました。カラフルなシャツを着ているような気がしました。本当に夏の浜辺です。 
 「この人たち、本当に津波にのまれて亡くなった人たち?」その人たちが、帰ってきたんだ、と思いました。
 人々と魂を慰めることのできる作品になってゆけば、と思っています。
 
 〜こけし浄瑠璃〜 <はなこのおむこさん>
2011年10月19日(水)19:00 open 19:30 start
場所:庚申文化会館 会議室2+3 〒166-0002
東京都杉並区高円寺北3-34-1
 
http://www.koshin-bunka.com/
料金:3,000円(前売り)、3,500円(当日)、学生 2,500円
チケット申し込み・お問い合わせ:kokeshijoururi@gmail.com (こけし浄瑠璃実行委員会)
公演当日のお問い合わせ 03-6768-1412

原作・脚本:桜井真樹子  
補綴:藤木友美、徳久ウィリアム、田中悠美子
音楽:桜井真樹子、田中悠美子
出演:桜井真樹子(語り、歌、こけし遣い)、 田中悠美子(浄瑠璃、三味線)、 藤木友美(語り、歌)、 徳久ウィリアム(カルグラ、語り)、立岩潤三(ダラブカ)、小濵明人(尺八)
こけし制作:石山和夫
絵馬・行灯制作:吉田晁子
山形方言指導:藤木友美 

舞台技術・こけし操作アドバイス:山部俊文
デザイン・美術協力:軸原ヨウスケ(cochae)
制作協力:保科哲資

協力企画:茶房高円寺書林 「すみはずしたにんぎょう展」協賛イベント http://kouenjishorin.jugem.jp/
協賛:長江敏男
主催・企画・制作:こけし浄瑠璃実行委員会 http://kokeshijoururi.blogspot.com/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月14日 (木)

結婚式にふさわしいクルアーン(コーラン)2

ビザンチン章:21節
 「また彼(神)があなたがた自身から、あなたがたのために配偶を創られたのは、彼(神)の印の一つである。あなたがたはかの女らによって安らぎを得るよう(取り計られ)、あなたがたの間に愛と情けの念を植え付けられる。本当にその中には考え深い者への印がある。」
 これをこけし浄瑠璃「はなこのおむこさん」で朗唱してみようと思った。

 するとこの箇所を4つのマカーム(旋法)で歌い分けている人がいた。
http://www.youtube.com/watch?v=wiT2u-FYaWw&feature=related
 Sheikh Karim Team という人らしい。
 彼の歌い方は、何か新しい独特のものがある。

 もし、もって生まれて、歌うことが好きならば、子どものときからクルアーンを広げ、一つの箇所をいろんなマカーム(旋法)で歌い分けたり、読み続けながら、いろんな旋法に転調してみたりする。
 クルアーン以外に歌うものはない。なぜならば、イスラームでは、「音楽」を禁じているから。
 「何と言う表現の制約だろう!」と思うだろう。
 しかし、どんな言葉でも歌にしてしまっていい国に生まれた者は、人々の最後に余った銭を投げられ、それを拾い集める芸人として生きてゆかねばならない。芸人は、何の生産性もない国家にとって何の役にも立たない者、ということだ。だからその国で生まれた歌い手なれば、「何を歌うか?」そのことに歌手生命をかけるべきなのだが。
 聖なる言葉を歌う者は、聖職者になる。イスラームが、美しい声の持ち主が、人々から愛され、敬われるために、作った戒律だ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月19日 (日)

ひ、ひどすぎる、わたし

じょんがら念仏踊りが見れる、それもタダで(入場無料)。
 えっ、ほんとなの?そこには「かれいざわカレー」とも書いてあり、今日の晩ご飯は、これにしようと思った。
 ちなみにお昼は、山崎勉氏(英文学者)の、美術コレクションを本人が語るというもので、そこで、サンドイッチとか、クナッペとか、ワインが出された。
 この時点でもう家に帰るお金しかないことに気づく。明日のバイトの仕事までこれで生きてゆかねば。「かれいざわカレー」は断念するとしても、じょんがら念仏踊りだけは、見に行こうと腹をくくる。こけし浄瑠璃のために山形の「夜行念仏」を練習中なので、せっかく東京まで来てくれた、「じょんがら念仏踊り」は、見逃したくない。
 よくこの催しもののことがわかっていなかったが、南三陸町といわき市の人たちのプレゼンテーションがあり、震災、原発の実感を最も味わった時間となった。
 すると、かれざわカレー(青森)もせんべい汁(八戸)も、ももピクルス(岡山)ずんだ餅も饅頭(いわき市)も、ビールもタダ!えっ、いいの?えぇっ?食べていいんですか?すると饅頭のコーナーのおじさんは、私が一つ饅頭を取ったら、かばんにそっともう一個饅頭をしのばせてくれた。あぁ、ありがたい。
 震災地からきた人たちに、タダでごちそうになって、募金箱にお金を入れたら家に帰れなくなるから、募金もせずに、かれいざわカレーを食べているわたし。あぁ、ひどすぎる。しかも、このかれいざわカレーの米粒が、ちょっと破格的にグレードが高く、こんなうまい米粒をこの人たちは食べているのだろうか?それとも、がんばって、いい米を炊いてくれたのだろうか?さらにずんだ餅の餅がおそろしくなめらかで、舌触りがよい。米の文化だ、芸術だ。
 じょんがら念仏踊りも聴けた。
 空也の念仏踊りのテイストだなぁと思った。正確には泡斉念仏の流れらしい。慶長年間(1596~1615 )に常陸の僧、泡斉が寺の修復の募金をつのって(勧請と言います)始めたそうだ。浴衣の袖をたくし上げて風流(ふりゅう)を感じる、つまり念仏踊りだなぁと。太鼓の人が激しいのは、壬生の空也念仏を思い出す。反対に回りの人たちの踊りがとてもゆるく、佃島の盆踊りを思い出す。合掌が踊りのふりに入っていました。
 鉦は、まさしく空也の念仏踊りの楽器形態だし、太鼓は腰鼓です。腰からひもで太鼓をくくって両面を叩くという、アジアにも広がる、随分古いスタイルだ。
 下神谷町の青年団の長が提灯を持って先導する。この「上下関係」は地方の秩序の伝統だ。
 よかった。
 
 ちなみに、お昼の山崎勉氏のお話。
 彼は、美術品のコレクターでもあるが、その最初は、戦後直後、戦争絵画からだった。東京の大学に入り、そのころは、身につまされるような厳しい反戦絵画を買い始めた。それは生きている自分の負い目を詫びるような思いで買い始めたそうだ。しかし、それらの絵と毎日向き合っていると前に進めなくなってしまった。それで、新宿の道ばたで、ほんの日常生活の断片をリトグラフにしている作家の作品を買い始めた。後の池田満寿夫氏らしい。しかし、彼の知名度があがると、彼はメッセージを作品にし始めた。そのとたんに山崎氏は池田氏のコレクションを止めた。さらにそれと同時に、日本にはじめてジャスパー・ジョーンズとロバート・ラウシェンバーグの作品が上陸した。まだ誰も知らなかったころなので、いくつかの作品を買い始めたそうだ。
 「今の日本のことはわかっている。でもそれを置いて言うならば、これが私のコレクターの歴史だ。それ以上のことは、言えない」と。 
 しかし、これこそ大惨事によって、傷を受けた心が、何を探して行ったのか?という、先人の物語を聞いたようにも思った。
 
 ちなみに、ポップアートの先駆者リチャード・ハミルトンの絵があった。徴兵されたハミルトンは、ジェームス・ジョイスのユリシリーズをリュックに入れ、戦地でずっと読んでいたそうだ。既にポップアートを始めていたハイルトンだが、戦地で構想を練ったユリシリーズの各章のイメージを、その文章をスタイルに合わせて、いつかは作品にしようと夢見ていた。第七章「アイオロス」は新聞社の中でのできごとの話だが、ジョイスはそれを新聞を広げて読むような新聞記事の文章で書いた。それをハミルトンは、新聞記事に掲載される写真のように、「アイオロス」の情景を一枚ずつ写真のサイズで、断片的に描いた。これは、すごかった。ポップアートの始まりは、凄まじい戦地の中で、ものすごい高尚な幻想の力が生み出したんだということを、ハミルトンの絵の前で思った。

  今日の昼食と夕食は、美術と、伝統芸能のはざまで、タダ飯を食い、大惨事への思いが入り乱れた日だった。
 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

«結婚式にふさわしいクルアーン(コーラン)のスーラ(章)